スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

新章へ 

4年間の留守中に「ハウスシェア」が広く一般に認知される様になっていて驚いた。渡英する以前も、日本でも共同生活する若者が居るという話を耳にしたことはあったが、ロンドンでそれを実体験して戻ってみれば、テレビドラマの設定に使われる程になっていた。お年寄りと女子大生が助け合いながら暮らしている、という事例もテレビで見た。

赤の他人同士が生活を共にするなんて、私自身やってみる前は考えられなかったものだが、実際には非常に有意義な生活を送ることが出来た。何より、「人間らしく生きる」ことが出来る。人間は誰かと生活を共にしないといけないんだ、と肌で感じた。

また、経済的であり合理的である。一人暮らしより家賃が安く済む上、個室以外は共用となるので相対的なエネルギー消費が減り、結果地球環境にもやさしい。広いリビングや庭などもあれば、よりのびのびと暮らすことが出来る。

人間性を疑いたくなる様な事件が続発するこのごろ、ハウスシェアが豊かな人間性を育むために一役買うことも出来るのではなどと良く考える。欧米のスタイルをそのまま当て嵌めるわけにはいかない部分もあるだろうが、「日本的ハウスシェアスタイル」を確立することは可能だと思う。

では、建築的にはどうなんだろう? 物理的には、既存の住宅に少し手を加えることで、場合によってはそのままでも使用可能だろう。むしろ、管理・運営などのソフト面に目を向ける必要がある。逆を言えば、我々設計をする者たちにとっては、残念ながら儲かる様な話にはなりにくそうだ。しかし、だからといって興味を失うことはない。なにも、お客さんの要望どおりに設計をするだけが建築士や建築家の仕事ではない。

さて、3ヶ月以上に渡って仕事を探していたが、このご時世にあって希望する様な設計の仕事を見つけるのは至難の業だということが分かった。そんな中、上記のハウスシェアのことなどを時々考えているうちに、なにも設計にこだわる必要は無いのではないか? とも考える様になった。

その結果、とも言い切れないが、遂に決まった新しい仕事は設計ではない。新しいものをつくるのではなく、今あるものを活かすという立場になる。と言っても、リノベーションが主という訳ではなく、どちらかというと裏方的仕事のようだ。もちろん、ハウスシェアの提案をしている訳もない。ただ、そのような類いの仕事は「やり方次第」だとは言われている。とにかく、建築というものに今までとは少し違った角度からアプローチし、何か新しいことに取り組む糸口を探してみることにした。

ところで、メディア上で「ルームシェア」という言葉が「ハウスシェア」と同じ意味で使われることがあるが、私的には「ルームシェア」は個室(寝室)を共有することだ。ロンドンでは実際に「ハウスシェアでルームシェア」している友人が居た。まだ定義自体あいまいなのだろうが、この二つは意味が全く異なるので絶対使い分けるべき。

あっ、そういや自分自身ルームシェアした時期もあったじゃないか!

スポンサーサイト

CMがつまらない! 

仕事がなかなか決まらず、家に居る時間が長いため、近頃テレビを良く見ます。ドラマなんて10年くらい前から全く見なくなったのに、結構見ちゃったりしてます。

一つ気になっているのが、CMが見ていてつまらない事。英国のテレビCMは趣向を凝らしたものが多く、一つ一つが「作品」として完成されている感じでした。電車の吊り広告などもそうですが、日本の宣伝・広告媒体はいかにたくさんの情報を詰め込むかに重点が置かれている様です。一方、英国ではいかに大衆の目を引くかが重要なんだと思います。時には、何の宣伝なのか良く分からないこともあったりします。広告もアートなのです。いや、広告に限らず、地下鉄の路線図、新聞のロゴ、などなど、何を作るにもそこには常に「アート」の意識があると思います。

CMに関してはどっちが良い悪いとかいう話ではないのですが、日本のは宣伝対象の情報(製品の魅力とか)を直球で伝えているものが多く、興味が無いものについては見ていて面白くないです。

そんな訳で、最近変な癖がついてしまいました。CMが始まると一つ一つに点数を付けてしまうのです(笑)。10段階の採点なのですが、大部分は1~3点です(偉そうなこと言ってすみません)。そんな中、今日今までの最高点7点が出ました! 矢沢永吉がパラパラ漫画で踊っていました。まだ一度しかお目にかかってないのに、「ブラビア」っていう商品名はもう頭に焼き付いています。

この頃バリア張ってます 

大変ご無沙汰しています。もう5月も終わりに近づき、危うく更新無しで終わってしまう所でした。就職活動って結構忙しいんです!

帰国してからもうすぐ2ヶ月が経つ訳ですが、相変わらず大きな発見はありません。英国との「感覚的距離」が縮まったと前回書きましたし、今更実感する事もあまり無いのでしょうか。ただここ最近、人と人との関わり方がやっぱり根本的に違うなあと感じています。

昨日ツタヤに行き、新たに入会手続きをして猿の惑星を借りたときのこと。応対してくれるアルバイト君たちとは一定の距離感を保っている自分に気が付きました。ロンドンだったら、

「ずっと海外に行ってたから、有効期限とっくに切れてるカード持ってるんですよ!」

なんて、軽く言葉を交わしているはず。が、自分はちょっと機械的にしゃべる相手の
言葉にただ返事をするだけ。やっぱり日本人って、赤の他人に対しては常にバリアを張っているのかな。英国人もある意味「表面的」ではあるけれど、彼らのバリアはもっと深いところにある。外側ではなく内部の何処かにある感じ。

さて、仕事探しの方ですが、難航しています。連戦連敗です。厳しさを実感しています。これ以上収入が無い状態はまずいので、さすがに焦って来ました・・・・・

020409-190805=1322 

平成21年4月2日木曜日、Samuraiふれでぃは日本に帰着いたしました。3年と7ヶ月の意外と長かった旅はこれで終わりました。

「日本に戻ったらどう感じるのだろう?」なんて思っていましたが、実際帰ってみて、今のところ特別な感想はありません。無な状態と言えます。しいて言えば、ラッシュアワーのサラリーマンの群衆に圧倒された事くらいでしょうか。

まあ、正月に一時帰国したばかりなので無理も無いでしょう。それに、仕事を辞めてから今日までの一ヶ月間、大変慌ただしい日々を過ごしたので、まだ環境の変化を感じ取るほどの余裕も正直無い気がします。

ただ、一つだけ言える事は、東京とロンドンとの感覚的距離が非常に近くなったということです。頻繁に往復していたこともあってか、今まで遠くに行っていたと言う感覚はもうありません。もしも明日から働く事になり、その仕事場が東京だろうがロンドンだろうが、すぐに対応出来そうです。これはある意味、これまでの3年7ヶ月間のロンドンでの生活での最大の成果かも知れません。

きっとこれから日本の生活にゆっくりと馴染んでいき、新たな発見があるのかも知れません。いや、そうあって欲しい。それらがある限りは、このブログ上に記して行きたいと考えています。

まずは、私のこれまでのロンドンでの活動をこのブログなどを通して支えて下さった皆様に、大きな感謝の気持ちを贈りたいと思います。本当にありがとうございました。

Thank you beautiful people!

ラスト・スパート 

今週いっぱいでロンドンでの仕事もいよいよ終わりです。ラスト・スパート!と言いたいところですが、今日はどうも仕事に集中出来ず。というのも、この土日に引っ越しをしたのです。休みを取れば良いのですが、取ればその分最後の給料から引かれてしまうので、ちょっと無理して。

いや、でもやっぱり、さすがに無理がありました。ヘロヘロです。

引っ越した先は、友人の日本人夫妻宅。が、ビザ更新の為に一時帰国するもなかなか下りず滞在が延び、留守中に勝手に(?)移って来ました。広くていいけど、ちょっと静かすぎます。早く帰って来~い。

ロンドンに来て以来、引っ越しも6回目。でも、これで最後です。

'I think I'm going back...' 

LarryLurex_front.jpg
queen_kimono.jpg

4月に日本に戻る事に決めました。

半年程前から、具体的に考え始めていました。一番の理由は、日本にいる相方さんとの結婚を考えていたことと言えるでしょう。そして、その話は順調に進んでいます。

しかし同時に、ある時点から「自分が本当にやりたかった事を達成するには、5年単位で腰を据えないと無理だ」と感じていた事も背景にあります。年齢的に、もう40ですし、そこまでの勇気は何れにしても無かった気がします。

帰国への踏ん切りが着いた事件が12月にありました。遂に昇給があったのですが、自分としては全く納得の出来ない額でした。世界的経済危機の影響を最大限に受けているロンドンで、建築事務所がこぞって雇用者の首を切っている状況下で、多少なりとも給料が上がった事は、本来は喜ぶべきことです。しかし、給料の額云々よりも、自分が所内で未だにそれくらいの位置づけにしかなっていない事に絶望しました。もう、これ以上ロンドンで続けていく意味を、全く見出せなくなったのです。

ただし、途中で諦めて帰る、という感覚はありません。むしろ、短い間においしい所だけを吸収できたのでそれを持ち帰ろう、という意識です。

さて、「自分が本当にやりたかった事」、つまりは「自ら設計した建物をこの地に残す」という目標についてはどうだったのか、という話になるのですが、これについては達成出来たとは言えませんが、短期間でかなり良い所まで来れた実感があります。今担当している物件も、まだデザインが固まってはいませんが、自分の意見やアイデアがかなり取り入れられた形で、オリンピック開会までには実際に建っているかも知れません。

これまで3年半の英国での生活については、今後ゆっくり振り返って行こうと思いますが、現時点で一つ言えること。それは、その年数以上に長かった気がすると言う事です。今の事務所だけを取ってみても、これまでの1年と3ヶ月、日本で働いた13年に比べれば1割にも満たない訳ですが、色々な事が出来たし、2・3年居た様にすら感じられます。

残された勤務期間はまだ1月程あります。正直なところ、帰る事が決定している状態でどの様に取り組むべきかいまいちはっきりしませんが、このブログは今まで通り続けて行きますのでよろしく!

(原文:日本語)

大雪警報! 

snow020209

昼間からちらつき始めた雪は夜に本降りになり、夜中の時点でもうこんなに積もってます。でも、まだまだこれからだそうで。明日の朝は大混乱だろうな・・・。

(休みにならないかなあ)

それにしても、真夜中だというのに、やけに明るい。

原文:日本語

ふたつの生活 

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

今回は6度目の一時帰国でしたが、いつもの様に、滞在中は自分のロンドンでの普段の生活がまるで夢の様でした。日本ってのは英国とは全く違う所なのだと改めて実感させられたし、自分がふたつの全く異なる世界に身を置いているという錯覚すら覚えました。いつものロンドンでの生活、特に仕事に、簡単に戻れるとは思えませんでした。

しかしながら、ロンドンに戻った翌日であった昨日の朝、オフィスに身を投じた時も、特に困る事はありませんでした。自分は普通に会話をしていました。自分が「当たり前に」英語を話していると思ったのは、これが初めてだった気もします。真の国際人であると、もっと自信を持っても良いのかもしれません。

同時に、オフィスの皆がとても暖かく迎えてくれた事に感激しました。上手く説明出来ないのですが、これは日本では決して経験する事の無い感覚なのです。

(原文:英語

一時帰国その6 

一時帰国しています。

過去、ほぼ年に2回のペースで帰国していて、今回で6回目。今回は7ヶ月ぶりと、過去2回と比べると間隔は長めでしたが、「あー、日本だ!」という感覚はとうとうなくなってきてしまいました。

しかし、日本についての新しい発見は、今までどおりあります。不思議なことに、その内容は毎回異なり、同じ事柄に対しても毎回印象が変わったりします。

さて今回実感したこと・・・それは、日本人は素直だということ。しかし、残念ながらこれは悪い意味でです。

昨日、買い物などで町をぶらぶらしているとき、

「この新製品、ここがこうで、凄くいいんだってよ。」
「へー、そうなの。」

という感じの会話をしている人たちを見かけました。これだけではないのですが、いろいろな人の行動や表情を見ていると、日本人の素直さ、生真面目さ、やさしさみたいなものが伝わってきたのです。

実は、「騙されやすい」と言った方が、正確かもしれません。世界が混迷を極めている今、世の中にはいろいろな情報が溢れ返っていますが、私はいつも偏った情報に踊らされないように注意しています。しかし、私がすれ違った人たちが、この氾濫する情報にどう対処して行けるのか、少し不安になったのです。

これに対し、欧米人、少なくとも英国人は、一般的に物事や情報をすべて自身で咀嚼し判断する能力を備えているように思います。たとえば、9.11の事件についても、疑いの目で見ている人は多く、みなそれぞれ違った見解を持っていたりします。よく海外旅行者に、「自分の身は自分で守る」などという呼びかけをしますが、欧米人には日常からそのような態度が伺えます。そして彼らは概して楽観的です。

今日あるNHKの番組で、築地市場内で輸送用に使われている古い電気自動車について、ナレーターが「エコカーなのです」などと言っていました。地球環境問題に少しでも関心のある人ならば、電気自動車が必ずしもエコとは言い切れないことくらい知っています。奇しくも、今日は環境保護のアピールとして、NHKは教育テレビの放送時間を短縮しています。伝える方も受ける方も、いやおそらく受ける側の私たちこそ、物事の本質を理解しようと努力しなければなりません。

社会の先行きに不安が募る今、私は「楽観的になること」と「物事の本質を理解すること」はこれからとても重要になってくると思います。同時に、私たちが持ち合わせている「素直さ」なども、決して忘れてはならないでしょう。

ちょっと、真面目になりすぎましたが、今日はこの辺で。

(原文:日本語)

「一期一会」 

一期一会、ロンドンに来てから好きになった言葉である。

ロンドンでは学校、仕事、またパーティなどを通して、数多くの人たち、しかも様々な国籍、バックグラウンドの人たちと出会って来た。しかし、いずれ日本に帰る身としては、それらの多くの人たちには2度と会うことが無いと思われる。今の時代、SNSなどを介して、世界中に散らばる友達と連絡を取り続けることは可能ではある。しかし、それではただでさえ忙しい現代の生活がとてつもなく忙しくなってしまう。そんなことを考えるうちに、限られた回数、あるいは限られた時間の出会いこそ大事なのだと思うようになった。

今日はある人とのお別れだった。7月にバスの事故で負ったふくらはぎの肉離れのリハビリ(正確には理学療法=Physiotherapy)で通っていた、治療院のセラピストである。オーストラリア人の彼は明日で仕事を辞め、オーストラリアに帰ることになった。私の怪我は治療費が全て相手の保険でおりるので、とにかく念入りにやってくれと頼んだこともあって、担当の彼が居なくなるギリギリまで2ヶ月間に8回通った。

毎回30分間のセッション、マッサージは予想以上に苦痛だったが、彼との会話は楽しいものであった。苦しい患者の気をそらす目的もあるのだろうが、彼は気さくに良く話しかけて来た。多分まだ20代だが、仕事もしっかりやっている感じだし、とにかく好感が持てた。

今日はお互いに、相手の幸運を願う言葉を交わして別れた。特に連絡先を訊くでも無く、今後会うことはまず無い。でも、何となくそれが嬉しかった。知り合いが出来たことよりも、その人と楽しい時間を過ごせたことが嬉しかった。そして何よりも、足が凄く良くなったことに感謝!

(原文:日本語)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。