LONDON2012に参画! その2 

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北京オリンピックも終わり、パラリンピックが始まろうとしていますが、何度かご紹介したロンドン・オリンピックの排水ポンプ施設のプロジェクトも、設計がだいぶ進んで来ました。私も付きっきりではないものの、最近はだいぶこれに関わっています。そんな中、今日は突然打ち合わせに呼ばれ、一人で行くことになりました。プロジェクトの担当者2人が同時にホリデーを取っていて、不在の2週間は基本的に私が対応することになっているのです。

打ち合わせは、オリンピック・パーク内のいくつかの施設についての照明計画がテーマでした。施主であるODA (OLYMPIC DELIVERY ORTHORITY: オリンピック施設整備公社) が主体となり、公社内の各施設担当者や照明計画コンサルタントが出席して行われました。設計事務所からの出席者は私のみでした。

国家を上げての事業だけあって、オリンピック・プロジェクトへの取り組み方は非常にシビアで、書類のやり取りの方法などもこと細かく決められています。なので、打ち合わせに集まって来るメンバーもみなシャキッとネクタイしていたりして(アーキテクトは普通ネクタイなんてしません)、全体的にポッシュ(高貴)な感じです。そして、打合会場も超ポッシュ! CANARY WHARFという金融関係の高層ビルが立ち並ぶ再開発地区(日本で言えば幕張メッセかな)の、とある超高級オフィスビルの会議室が会場でした。

打ち合わせは主にオリンピック・パーク全体の照明計画の調整が目的で、とにかく出席して話を聞いて欲しい、と聞いていました。しかし、実際には自社のプロジェクトの全体像に付いて説明を求められたのです。日本でならまだしも、こちらではこのような重要な場面で一人でプレゼンをすることは今まで無かったですし、まだまだ無理だと思っていました。それが、まあなんとか無事にこなすことが出来ました。

自分に順番が回ってくる頃には出席者(11人)の半分は退席してしまっていたし、説明を求められるのもある程度予測していたこともあってか、さほどプレッシャーを感じることも無く出来ました。上司などが横に居たりするとついつい頼ってしまうものですが、いざ一人で臨めば結構なんとかなるものです。今日はなんだか凄くいい仕事が出来た気がして、いい感じで40代のスタートを切れた気がします。そして何より、オリンピックの施設整備の現場にこうして直に関われていることは、非常に素晴らしいことです!

ボスに直訴へ 

昨日は成果について書いたばかりだが、今日はそれを受けて、と言う訳では全くないのだが、「賃上げ交渉」について書くことになってしまった。

ことの発端は、私のビザ申請料の会社への請求の話である。上司からボスに話をしてもらう約束になっていたのが、今日「やっぱり自分で訊いてみて」と言われたのだ。何と、そう言われるまでにもう半年かかっているのである。

職場を移ったときには、ワークパーミット(就労許可:以下「ワーパミ」)のみならずビザも取り直さないといけない。ワーパミは転職時に申請したが、ビザ申請は金銭的理由などから3月まで引っ張った。通常はビザの方は自己負担となることが多いようだが、上司の方から「ウチは出せると思う」と言ってくれたのだ。記憶の範囲では、ビザ申請の時点で上司が「ボスに話しておくよ」と言ったのだが、多忙でついつい忘れてしまうらしい。何度か催促もした。なかなか話してくれないので「ボスに直接話してもいい」と持ちかけたこともあったが、答えは「今週のうちに話しておくよ」だったのだ。

たかが350ポンドではあるが、待つだけ待って結局「自分で訊いて」というのには呆れてしまった。別に自分でボスに話すのは構わないのだが、待たせて悪かったくらい言って欲しかった。

帰り道にそんなことを考えていると、給料が上がらないことにも我慢が出来なくなって来た。そちらもかれこれ半年待たされているのだ。

11月の入社時点では、ある意味形式的だとは思うのだが、契約書上は3ヶ月後に賃金の見直しをするとなっていた。それがちょうど2月になって、職員全員が対象のレビュー(面談)が実施されることになり、文書で通知があった。スケジュールまで組まれた。が、しかしである、半年経とうとしている今になっても、半分くらいしか終わっていない有様なのである。

うちの事務所は新しい仕事がどんどん入って来て、忙しい状態が続いている。それにしたって、もう半年である。仕事が予定通りに回らないなら、もっと人を雇えっていう話である。言ってしまえば、うちの事務所は運営が全くオーガナイズされていないのである。

自分の場合は、日に日に慣れて行っている状態だったので、レビューは遅めの方が賃金アップは期待出来ると思い、焦ってはいなかった。ただ、あまりに延び延びなので、「契約上は3ヶ月で見直すことになっているのだから、遡って払え」とまでは言わないものの、その辺も考慮には入れてもらおうと思っていた。しかし、もう我慢は限界に達してしまった観がある。お金のことをとやかく言うのは好きではないが、生活がかかっている以上貰えるべきものは貰いたい。

どこかに溜めておいた不満が一気に噴出してしまった感じだが、仕事そのものには基本的に満足している。ロンドンの建築事務所でまともに働いていること自体素晴らしいことだし、賃金についてボスに不満をぶつけようとしているのも、ある意味素晴らしいことかも知れない。

(原文:日本語)

業務報告 2008年夏 

わざと堅苦しいタイトルにしてみましたが、堅いことを書こうとは思っていません。単純に、今まで仕事の内容に触れることが少なすぎたので(というか、更新自体少ないのですが)、近頃はどんなことに取り組んでいるのかを、ざっと紹介してみようと思いまして。

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昨年11月に今の事務所に移って以来、この4月まではほぼ一つのプロジェクトに付きっきりでした。以前紹介したこともありますが、ロンドン近郊にあるHarlowというニュータウン内のいくつかのサイトの再開発計画でした。主に住宅の計画でしたが、マスタープランニング、つまりはプロジェクトの方向性を定めるだけの仕事です。もう少し具体的に言えば、どのくらいの大きさの建物がどのような配置で建つか程度の内容を、図面や模型で表現しました。実際に建つ建物のデザインをした訳ではないですが、計画(つまり設計)はほぼ任せてもらいました。こちらでの住宅設計の基本的な原則を学ぶことが出来たし、近隣住民との公聴会を通じてそれらを肌で感じることが出来ました。

5月から6月にかけては、ロンドン某所にあるジュエリー製作の専門学校のプロジェクトを手伝いました。臨時のヘルプという感じではありましたが、ディテールの設計、解りやすく言うと建物の部分部分が実際にどんな感じで造られるかを表す図面、でしょうか? それをほぼ一括で任されました。まだまだ、日本との違いに惑わされることもありますが何とか切り抜け、期待には答えることが出来たようです。

そして、現在主に担当しているのが、少し前に紹介したオリンピック・サイトの排水ポンプ施設(「排水処理」ではありませんでした)と、ロンドン郊外某所での集合住宅のマスタープランです。オリンピックの方は実は期待はずれ、と言わざるを得ません。ある程度仕事を任されることも期待していたのですが、公共事業なので設計以上に事務的な作業が多いことから、他の英国人が担当者に選ばれてしまいました。彼はアーキテクトの資格を取って間もなく、まだ30前です。今のところ、その彼から指示を貰って仕事をしている様な状態で、仕方が無いとは言えやはり不甲斐ないですね。そのあたりはまさに葛藤! ま、やはり言葉の壁は厚いということで。

一方、集合住宅のマスタープランの方は、多分(?)プロジェクト・アーキテクトとしてやっています。最大50戸という規模で小さくはないのですが、マスタープランなので作業は一人でこなせる程度、施主(お客さんのことですよ〜)との連絡も基本的には自分でやっています。これまた実際に建つ段階の設計ではないものの、何となく手応えは感じつつやっております。

ただ、数週間前のこと、たまたま手が開いてしまった時に、いくつかのプロジェクトに「日雇い」で借り出されるはめになってしまいました。これは自分が一番望んでいないパターンなのですが(これは前の事務所を辞めた理由のひとつでした)、まあたまには仕方が無いと言うことで。

毎度のこと長くなりましたが、まあこんな感じです。四苦八苦しながらではありますが、ひとつ大きな収穫としては、ある程度ボスの信頼が得られたことでしょうか。自分で感じる範囲の話ではあるのですが、色々な仕事に携わり、そしてボスと直に接する機会も増え、なんとなくやっと「普通の」一所員として認めてもらった気がする今日この頃です。

a new project 

今の事務所に入って最初のプロジェクトに就いて以来既に半年だが、今日遂に新しいプロジェクトをやる事になった。

2週間後には休暇に入るため臨時ヘルプの様な物ではあるが、今までやっていた事と全く違うことをやるのはいい物である。そのプロジェクトは既に詳細設計の段階で、私はディテールのデザインなどを任された。実は、このプロジェクトのメンバー達とは一緒に仕事をするのは初めてだったので、多少不安があった。しかし、皆思った程の経験が無いようで(プロジェクト・アーキテクトですら!)、以外と楽だった。

私は15年近い経験がある訳で、自信を持つべきだとは分かってはいるが、このような状況でも自信を持ってやれた事が嬉しかった。この先2週間は楽しんでやりたい!

(原文:英語

電話に出てみよう 

先週のこと、たまたま電話番をすることになり、いや、するはめになったのだが、1時間に10件近く対応し、結果仕事への集中力を完全に失ってしまった。もうその日は帰ろうかと思ったくらいだった。

電話の応対なんて、こちらで働き始めた頃など全く守備範囲外だと思っていたが、近頃はなんとかこなせるようになって来た。二人居る事務職員がたまたま席をはずしている時など、時々取るようにしている。訓練のつもりで。自分の席が彼女らの目の前ということもあるのだが。

先週はその事務職員の一人、いつも電話にでる子が体調不良で3日間休んでしまった。しかも、事務の二人が居ないときにたいてい出てくれる隣のS君がホリデーで不在だったのだ。そんな中残った一人の事務の子が言葉もなく1時間程外出してしまい、私が電話番をするはめになったのだ。母国語だって難しい時があるのに、英語の電話対応となればやはり大変だ(お前には無理だからもう出るな、と言われた友人も居る)。その電話番のあとは、いつもと違う種類のストレスでくたくたになってしまった。

自分は何故か代表電話の目の前に座っているのだが、入社当時はひたすら無視していた。無視してていいよ、と言われたし。しかし、目の前で鳴っていてしかも同じ島に自分しか居ない事を分かっておきながら、無視し続ける程私も器用ではない。そうやって時々出るようになったわけだが。

改めて実感したが、概してヨーロッパの人々は日本人の様な「助け合いの精神」というものを持ち合わせていない(町中で困った人を助けるのとは話が違う)。自分の責任範囲のこと以外には手を出さない、と割り切っているようだ。例えば、すぐ後ろに座っている社会人一年目の女の子などは、何があっても絶対に出ない。ネイティブなのに。ロンドンで地震は起きてもその子が電話に出る事は無いのである。まるで石。ネイティブ石。若い子が出る、という暗黙の了解もこちらでは存在しないのだ。そして、だいたい出るのは決まったメンバーになってくる。実は隣のS君は香港出身、というオチである。さらには、一度自分が対応し始めると、他の誰一人として出ようとしなくなる事を実感した。「ネイティブのお前らが出ろよ!」とでも言いたくなる。

基本的に、各自が業務の責任範囲の意識をもっているようであるのに、事務員が電話対応について完全に責任を負っているようではない。大げさだが、この曖昧さの被害者が私であり、S君なのだ。日本人のように臨機応変に出来ないのであれば、ルールを作るべきだ。ということで、この不満を少し上司に話してみた。結果、事務員から「電話対応に協力してくれ」というメールが全員あてに送られた。

やれやれ、S君も戻って来た事だし、とりあえず一件落着か。ただ、自分としては今回の事は比較的ポジティブに受け止めている。苦労しながらもいろんな種類の電話の対応をし、少しは自信が付いた。そして、周りがどんなにヨーロッパ的な環境であっても、日本人の精神というものに常に誇りを持っていたい。

(まあ、日本でも出ないやつは出ないけどな)

LONDON 2012 に参画! 

素晴らしいニュースがオフィスに届いた。 我が事務所がオリンピックのプロジェクトを取ったのだ!! 他の著名建築家たちと共に、オリンピック施設建設事業の参画者に名を連ねる事になる。私たちはむしろ彼ら全ての「お世話」をするのだ!

そのプロジェクトとは実は汚水処理施設、ザハ・ハディッド設計の水上競技センターやその他競技施設から出る排水を処理するものだ。プラント施設とは言え、日本とは違いこの国では美しくデザインするのが普通なので、とても興味深いプロジジェクトになるであろう。自分がデザイン・チームに入らなかったとしても、貴重な思い出になるはず!

(原文:英語

部下がやって来た 

今日、部下が出来た。当面は、私が担当しているプロジェクトの図面作成などの作業を担当させるそうだ。つまり、私の指示の基に働かせる事になるのだ。

まだ職務経験一年程の人で、私の経験年数を考えれば部下として扱うなんてまあ当然のことだが、何せこちらではまだまだ分からない事も多いし、何より言葉の壁がある事は否めない。それに、思い起こせば私は日本で働いていた頃も、会社が新入社員をほとんど採用しなくなっていた関係で、手下と言う手下を持った経験が無い。経験の有無は別としても、正直誰かに指示を出して作業をさせるのは得意ではない(それではアーキテクトは務まらないのだが 笑)。ましてや、英語で指示を出すと言うのはやはり楽な物ではない。

いや、待てよ。部下と呼べる部下が一人だけ居た! しかも、その人には英語で指示をしたりしていたじゃないか!! それは・・・・・ネパールに1年駐在したときのこと、事務員さんを一人雇っていたのだ。建築に関わる仕事をさせていた訳ではないが、時々とんでもないチョンボをしでかす彼女には日々悩まされつつもなんとか切り抜けたのだ。それを思えば、今回の方がよっぽど楽なのかもしれない。

それでも、今日は普段の倍疲れた気がする。今週は作業がたくさんあり、今までに無くハードな1週間になりそうだ。しかし、幸い彼女はとても素直だし、私の苦手なタイプではないようだ。そして何より、彼女がネイティブではない分やりやすいのは大きな救いだろう(笑)。

(原文:日本語)

公聴会 

最近、今担当しているプロジェクトで公聴会に立ち会う機会が何度かあった。プロジェクトは、1950年代に開発されたあるニュータウンにおける住宅や公共施設の再開発のマスタープランニングである。日本で行われるのと同様に、公聴会は計画の内容について近隣住民に説明し意見を聴く物である。施主と開発コンサルタントによって催され、私たち事務所はプロポーザルについての説明を行った。

それは全くタフなものだった。同時に興味深く、またエキサイティングでもあった。私はいろいろとサポートをしていただけだが、有意義な経験だった。非常に口うるさい人々が結構、ある会ではかなり沢山いた。日本と全く同じだ! 会はきりがなく、手におえない状態だった。

こちらの人々は、日本に比べてより個人的意見の主張が強い気がした。そして、まさに保守的でもあった(大多数の人々は現状の住環境の維持を切望していた)。また、こちらの人々は日本人一般に比べプライバシーにうるさいことを実感した。近隣住民の何人かは、自分たちの寝室やあるいは庭すらも覗き込まれることについて問題視した。私はこの国ではこのような考えは一般的である事を分かってはいたが、予想以上の反応であった。そのような意見はある程度は理解出来るが、少し我がまますぎると感じた。

このプロジェクトでは私はプロジェクト・アーキテクトになった訳ではないが、プランニングのほとんどを任されてはいる。非常にやりがいがあるし、英国と日本とで地域計画の考え方がどれほど違うかを実感できている。特に、公聴会からのフィードバックなどは貴重なものだ。この経験は将来の日本での仕事に活かせると確信している!

(原文:英語

オフィスを去る 

話が前後してしまいますが、前のオフィスを離れたときのことを少しお話しします。

オフィスを去る人が出るたび、ボスの二人はその人の辞める日に事務所で壮行の乾杯を催してくれました。1年前にその事務所に入った直後に、一人の女性がオーストラリアに帰国のためオフィスを去るときにそれを体験しました。その儀式が印象的でまた所員がみなフレンドリーだったのに、何だか驚かされました。彼女はボス達と所員一同から素敵なプレゼントやカードを受け取り、そして涙を流しながらスピーチをしていました。

私はそのとき、このようなことがいつか自分にも起こるなどとは想像もできなかったのを覚えています。特に、20人ものアーキテクト達を前に英語でスピーチなんて、想像もつかない! そう、自分の英語には全く自信がなかったので。今は自信満々だと言っている訳ではありませんので、悪しからず。

しかしながら、結果としてその時は早々にやってきました。辞めると決めた時はその儀式に対してまだ不安に思っていましたが、幸運な事に同じ日に辞める人がもう一人居たのでした。また、実際1年しか居なかった訳で、そんな感情的な物にもなりませんでした。スピーチも何とかこなしました。

自分のスピーチの出来にはちょっと不満でした。まだまだ英語を頑張らないといけないことを実感しました。でも、今はそんなに悪くなかった様な気もします。まあ、少しは自信を持って受け止めてもいいのかも知れません。

私もボス達や同僚達から素晴らしいプレゼントとカードを頂きました。ボスからは素敵なお言葉も頂戴しました。彼女は私の働きぶりを高く評価してくれましたが、結構正直な気持ちに思えました。本当に素晴らしい会だったので、とても幸せに思います。

あ、言うのを忘れましたが、最後まで通常通り働きましたよ、終わりの1時間前まで!!

‘did you have a good time?’ 

前回書いたように、日本での滞在は有意義だった。日本の生活に完全に順応してしまったため、向こうに居る間はロンドンでの生活が夢のようにすら思えた。そのため、ロンドンでの生活やオフィスの環境に再順応出来るかどうかちょっと心配だった。英語を話すことについてもまた。

ところが、何も難しいことは無かった。オフィスに戻った日はちょっと緊張していたが、同僚達と言葉を交わすうち容易に落ち着くことが出来た。

たくさんの人たちが暖かく迎えてくれたので、オフィスはむしろ心地よく感じられた。日常的な慣習ではあるが、皆休暇がどうだったか聞いて来た。特に、ルーシーが暖かく明るく迎えてくれたのが嬉しかった(前にも書きましたが、彼女はブロンド美人ですが、残念ながら?既婚です 笑)。このような人々の振る舞いは、ヨーロッパの長所の一つだと実感しました。これはまた私がその昔、英国やヨーロッパの文化に興味を持ったきっかけの一つだったと思う。

オフィスにはお土産を持って行った。これもオフィスでは慣習になっていて、日本とほぼ同じだ。ただ違うのは、それに対する反応である。私が京都で買って来た生八つ橋を開けるやいなや、皆寄って来て興味津々に見入っていた。外箱の絵さえ興味を引いていた。そう、まさに期待通り! トーマス君に至っては、八つ橋1切れと外箱をガールフレンドの為に持って帰って良いかと聞いて来た。皆楽しんでくれて嬉しい限り。

それにしても、皆あてのe-mailで書いた訳 ’Ground rice and sugar made wrap with bean paste, a choice of mint or green tea taste’ (訳の訳:米粉と砂糖で出来た皮の包みアンコ入り、ニッキ味か抹茶味の選択)が適当だったかは、未だに謎である。