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ボスに直訴へ 

昨日は成果について書いたばかりだが、今日はそれを受けて、と言う訳では全くないのだが、「賃上げ交渉」について書くことになってしまった。

ことの発端は、私のビザ申請料の会社への請求の話である。上司からボスに話をしてもらう約束になっていたのが、今日「やっぱり自分で訊いてみて」と言われたのだ。何と、そう言われるまでにもう半年かかっているのである。

職場を移ったときには、ワークパーミット(就労許可:以下「ワーパミ」)のみならずビザも取り直さないといけない。ワーパミは転職時に申請したが、ビザ申請は金銭的理由などから3月まで引っ張った。通常はビザの方は自己負担となることが多いようだが、上司の方から「ウチは出せると思う」と言ってくれたのだ。記憶の範囲では、ビザ申請の時点で上司が「ボスに話しておくよ」と言ったのだが、多忙でついつい忘れてしまうらしい。何度か催促もした。なかなか話してくれないので「ボスに直接話してもいい」と持ちかけたこともあったが、答えは「今週のうちに話しておくよ」だったのだ。

たかが350ポンドではあるが、待つだけ待って結局「自分で訊いて」というのには呆れてしまった。別に自分でボスに話すのは構わないのだが、待たせて悪かったくらい言って欲しかった。

帰り道にそんなことを考えていると、給料が上がらないことにも我慢が出来なくなって来た。そちらもかれこれ半年待たされているのだ。

11月の入社時点では、ある意味形式的だとは思うのだが、契約書上は3ヶ月後に賃金の見直しをするとなっていた。それがちょうど2月になって、職員全員が対象のレビュー(面談)が実施されることになり、文書で通知があった。スケジュールまで組まれた。が、しかしである、半年経とうとしている今になっても、半分くらいしか終わっていない有様なのである。

うちの事務所は新しい仕事がどんどん入って来て、忙しい状態が続いている。それにしたって、もう半年である。仕事が予定通りに回らないなら、もっと人を雇えっていう話である。言ってしまえば、うちの事務所は運営が全くオーガナイズされていないのである。

自分の場合は、日に日に慣れて行っている状態だったので、レビューは遅めの方が賃金アップは期待出来ると思い、焦ってはいなかった。ただ、あまりに延び延びなので、「契約上は3ヶ月で見直すことになっているのだから、遡って払え」とまでは言わないものの、その辺も考慮には入れてもらおうと思っていた。しかし、もう我慢は限界に達してしまった観がある。お金のことをとやかく言うのは好きではないが、生活がかかっている以上貰えるべきものは貰いたい。

どこかに溜めておいた不満が一気に噴出してしまった感じだが、仕事そのものには基本的に満足している。ロンドンの建築事務所でまともに働いていること自体素晴らしいことだし、賃金についてボスに不満をぶつけようとしているのも、ある意味素晴らしいことかも知れない。

(原文:日本語)

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業務報告 2008年夏 

わざと堅苦しいタイトルにしてみましたが、堅いことを書こうとは思っていません。単純に、今まで仕事の内容に触れることが少なすぎたので(というか、更新自体少ないのですが)、近頃はどんなことに取り組んでいるのかを、ざっと紹介してみようと思いまして。

harlow.jpg

昨年11月に今の事務所に移って以来、この4月まではほぼ一つのプロジェクトに付きっきりでした。以前紹介したこともありますが、ロンドン近郊にあるHarlowというニュータウン内のいくつかのサイトの再開発計画でした。主に住宅の計画でしたが、マスタープランニング、つまりはプロジェクトの方向性を定めるだけの仕事です。もう少し具体的に言えば、どのくらいの大きさの建物がどのような配置で建つか程度の内容を、図面や模型で表現しました。実際に建つ建物のデザインをした訳ではないですが、計画(つまり設計)はほぼ任せてもらいました。こちらでの住宅設計の基本的な原則を学ぶことが出来たし、近隣住民との公聴会を通じてそれらを肌で感じることが出来ました。

5月から6月にかけては、ロンドン某所にあるジュエリー製作の専門学校のプロジェクトを手伝いました。臨時のヘルプという感じではありましたが、ディテールの設計、解りやすく言うと建物の部分部分が実際にどんな感じで造られるかを表す図面、でしょうか? それをほぼ一括で任されました。まだまだ、日本との違いに惑わされることもありますが何とか切り抜け、期待には答えることが出来たようです。

そして、現在主に担当しているのが、少し前に紹介したオリンピック・サイトの排水ポンプ施設(「排水処理」ではありませんでした)と、ロンドン郊外某所での集合住宅のマスタープランです。オリンピックの方は実は期待はずれ、と言わざるを得ません。ある程度仕事を任されることも期待していたのですが、公共事業なので設計以上に事務的な作業が多いことから、他の英国人が担当者に選ばれてしまいました。彼はアーキテクトの資格を取って間もなく、まだ30前です。今のところ、その彼から指示を貰って仕事をしている様な状態で、仕方が無いとは言えやはり不甲斐ないですね。そのあたりはまさに葛藤! ま、やはり言葉の壁は厚いということで。

一方、集合住宅のマスタープランの方は、多分(?)プロジェクト・アーキテクトとしてやっています。最大50戸という規模で小さくはないのですが、マスタープランなので作業は一人でこなせる程度、施主(お客さんのことですよ~)との連絡も基本的には自分でやっています。これまた実際に建つ段階の設計ではないものの、何となく手応えは感じつつやっております。

ただ、数週間前のこと、たまたま手が開いてしまった時に、いくつかのプロジェクトに「日雇い」で借り出されるはめになってしまいました。これは自分が一番望んでいないパターンなのですが(これは前の事務所を辞めた理由のひとつでした)、まあたまには仕方が無いと言うことで。

毎度のこと長くなりましたが、まあこんな感じです。四苦八苦しながらではありますが、ひとつ大きな収穫としては、ある程度ボスの信頼が得られたことでしょうか。自分で感じる範囲の話ではあるのですが、色々な仕事に携わり、そしてボスと直に接する機会も増え、なんとなくやっと「普通の」一所員として認めてもらった気がする今日この頃です。

ロンドン・バス事情 

ロンドンの2階建てバスと言えば、ロンドンを象徴する存在の一つでもあるし、ロンドンに行った事のない人もロンドンの風物詩的イメージをお持ちかと思う。しかし、現実は大違い、乗務員さんとニコッと挨拶、とかそういうものでは残念ながら無くなっている。前々からこの話題には触れたいと思っていたが、実は遂に(?)事故に遭遇したのでこれを機会に書いてみようと思った。

事故はおとといの朝の事だった。いつも通り、家から1分の停留所から271番のバスに乗った。2階はいつものように満席なので、とりあえず1階に立っていた。走り出して間もなく突然急ブレーキがかかり、慌てて手摺を掴もうとするも体を大きく前に振られ、体のあちこちをぶつけたが何とか転ばずには済んだ。バスは前の車にぶつかって止まった。路肩に停車していた乗用車が急に出て来たようだった。大した事故ではなかった。転んで頭を打ち泣いている女の子が一人居たが、乗客は皆降り、ちょうど後ろから来た次のバスに乗り換えた。

大した事故ではなかったとは言え、急ブレーキがかかった瞬間は結構恐ろしかった。自分がどう動いたのかも覚えていない。爪が少しはがれて血が出たのを少し気にしつつ、自分もバスを乗り換えた。

ところが、会社に着いた頃から左足のふくらはぎが痛み出し、だんだん腫れて来た。歩くのが辛くなって来た。どうやら、踏ん張った時に延ばしてしまったようだ。かなり気になったので、近くの診療所で診てもらった。単なる内出血なので、炎症を抑える薬を飲んだり足を高くするなどしていれば、数日で治るだろう、とのことだった。だが、夕方になりさらに痛くなり、結局早退、まともに歩けなかったのでタクシーで帰った。その後回復はしているが、まだゆっくりしか歩けない。賠償請求を手助けしてくれる機関があるというので、やってみようと思っている。

さて本題に戻って・・・ロンドンのバス・ドライバーははっきり言ってしょうもない奴らばかりである。とにかく運転が荒い。初めて乗った時は、まともに立っていられなかった。愛想のかけらも無い。携帯で話しながら運転しているやつもいれば、ノリノリで歌を歌っているやつも居る。途中でバスを停めてコーラを買いに行くやつもいたらしい。バス停で人をひいて、そのまま走り去った、という話もあるブログで読んだことがある。加えて、バスもオンボロが結構多い。

そんな感じなので、ロンドン中を24時間無数に走っているバスが、事故を起こさない訳がない。今までも事故現場を何度か目撃したことがあり(瞬間ではないが)、自分もいつ遭ってもおかしくはないと思っていた。今まで約3年間遭わなかったのが不思議なくらいだった。

バス・ドライバーの大部分は移民または外国人である。差別するつもりは全くないが、彼らの多くは有色人種である。大きな社会問題となっている外国人の流入を象徴しているとも言える。林信吾氏著「それでもイギリスが好きですか?」には、バス・ドライバーは中産階級である、と書かれていたが、今は昔であるようだ。

留学したばかりの頃、少し外れに住んでいたのだが、家に向かうバスで”Thank you, driver!” と叫んで降りて行く人を時々目にした。当時は、何でこんな奴らに礼を言う必要があるのか、と思っていたが、あとから思えば、きっと昔は皆がそうしていたのだろう。お金を払っているとかは関係無しに、目的地まで無事に運んでくれた事に感謝する、これは英国人の心を象徴している気がする。

ドライバーだけが悪いのではなく、むしろバス会社に問題がある気がする。日本だって、運転手の勤務態度は会社ごとに差があるというものだ。ロンドンのバスはだいぶ前に分割民営化されたようだが、未だロンドン交通局の管理下にはある。乗客は命を預けているのだからもう少し何とかしてもらいたい、と本気で思う。

(原文:日本語)






queen+paul rodgers in 46664@hyde park 

遂に”Queen”を観ました、この目で。23年振りに。ネルソン・マンデラ氏の90歳の誕生日を祝うイベントに、Queen+Paul Rodgersがトリで出演したのです。


date: 27.07.08
venue: hyde park, london
set list:
one vision
tie your mother down
the show must go on
we will rock you
we are the champions
all right now (free)

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1991年のフレディの死以来、そして私が唯一Queenのライブを観た1985年以来、ギターのBrianやドラムのRogerのソロ・ライブは来日の度に見ていましたが、彼らが”Queen”として演奏する姿は初めてでした。3年前には、このハイド・パークでのライブを運悪くテロの影響による延期で見逃していました。そして、ハイド・パークと言えば、Queenが全盛期にさしかかる1975年に歴史的フリー・コンサートを開いた場所でもあります。

そんなハイド・パークという場所で、もちろんフレディは居なくとも、”Queen”の演奏を目の当たりにするのは、わたくしsamuraiふれでぃにとっても歴史的な出来事な訳です。昼の長い夏のロンドンにやっと夕暮れが訪れたころ、青々とした芝生の広がる屋外ステージにあのQueenサウンドが響き渡った瞬間は、まさに感無量でした。

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ネルソン・マンデラ氏の勇姿も拝見出来たし、英国のみならずアフリカ出身のバンドなども多数出演し、イベント自体も非常に楽しいものでした。ただ、人種差別用語連発の歌などで話題には事欠かないAmy Winehouseなども出演しており、Queenを本気で愛している観客がどれだけ居たのかは疑問で、そういう意味で今一のめり込めなかったのは事実です(笑)。それに、出足が遅くかなり離れた位置から見る事になってしまったので、10月の単独ライブの際は何が何でも最前列をゲットします!

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それにしても、Brianという人は全く変わりません。もう60歳だと言うのに、演奏もさることながら、遠くから見る分には全盛期ともさほど変わりがないような。We Will Rock You の前には、”You wanna rock!?” と、雄叫びを上げてくれていました。一方Rogerはというと・・・スクリーンに映し出された彼のドラムを叩く姿は、何か苦しそうに見えました。まだ58歳の彼ですが、ここ最近急に老け込んで、まるでお爺さんといった感じ。Brianとは全く対照的で、少し心配になってしまいます。10月は大丈夫だろうか・・・?

さて、ヴォーカルのPaul Rodgers。正直言って今一でした。フレディの歌声を緻密にトレースしている(多分ね)自分には仕方がないのかも知れませんが、どうも納得がいきません。やっぱり・・・・・









俺に歌わせてくれ!






これは冗談でもありません。実現するとは思っていませんが、本気でそう思っています。いや、だから・・・・・









10月の単独ライブは、一曲でいいから俺に歌わせてくれ!!






これもまず無理な話でしょう。う~ん、だったらしょうがない・・・・・












前座でいいから、一曲でいいから俺に歌わせてくれ!!!
(Somebody to Love 希望!)








私は本気です。喰飲の皆さん、よろしく。

(原文:日本語)

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