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場所の記憶 

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先日ある用事で四谷へ行った。JR四谷駅で降りたのは一体何年振りだったろう? 大学時代にアルバイト先にこの駅から通っていたので、懐かしい場所だ。用を済ました後、梅雨も明けさわやかな晴天だったので、かつてバイトに通った道を散歩がてら歩いてみることにした。

赤坂方面に抜けるその細い道を行くと、懐かしい風景が広がる。バイト帰りに良く寄ったラーメン屋や、社員の人に連れて行ってもらった記憶のある飲み屋など、当時のまま残っていた。ちなみにもう18年も前の話だ。

バイト先のビルが近づいて来て、角を曲がると、ビルへの入り口近くに100円パーキングの看板が見えた。あれ、こんな所にパーキング作る様な土地あったかな? と思いながら進む・・・・・

唖然とした。あるはずの、いや、あるとばっかり思っていたビルが無くなっていた。巨大なビルが消え去り、赤坂にほど近い超一等地にポカンと開いたその大きな穴には、一面100円パーキングが広がっていたのだ。敷地周囲の段差を支える高さ5~20メートル程もあるコンクリートの擁壁だけがむき出しで残され、まるで廃墟である。

予想外の光景に、しばらく立ち尽くしてしまった。

そのバイト先というのは大手のデベロッパーで、そこは自社ビルだった。私はそこの設計部で模型制作などをしていた。まさにバブル期だった当時、その会社は東京の下町などで再開発の計画を進めていて、まだ買収しきれていない土地に計画したビルの模型などを作ったりしていた。会社はその後バブル崩壊のあおりをもろに受け、何年か前についに倒産したとは聞いていた。

それにしたって、壊さなければいけない程古かったのだろうか?

中にはプールもあった。昼休みにいつも泳いでいたNさんはどうしているだろう。屋上で日光浴して真っ黒になっていた「新人類」社員のSさんは・・・。高層ビルの谷間で仰向けになって見た景色は、今もほとんど変わっていない。あの「浮かれた時代」が懐かしく感じられる・・・・・広々したエントランスホールにはたくさんの人が行き交い、いつも活気が感じられていた。その記憶と、今目の前に広がる廃墟とのコントラストが、時代の大きな変化すら実感させる。

日本人は都市や場所の記憶というものをもっと大切にするべきだという思いが、ロンドンで暮らす間により強くなっていたのだが、自分が慣れ親しんだ場所が破壊される悲しさと言うものをこれほど実感させられたのは初めてだったと思う。

気になって少し調べてみると、実はこのビルはある不動産会社が買収したのちテナントを半ば強制的に追い出し、解体されたのだという。立ち退き交渉にあたった業者が弁護士資格を所有していなかった為に摘発され、昨年ちょっとしたニュースになっていたそうだ。

それにしても皮肉である。バブル期に、それまで人々が造り上げて来た町並みを虫食い状態にし、町並みを破壊していった会社の本拠が、今やそれと全く同じ光景と化してしまったのだから。

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